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「だから、個人情報は教えられないっていってるだろうが！」
　ウーメンの男らしい怒声が室内に響く。
　先日、小松の負傷による長期休暇が受理されてから自称【小松の友人・知人】が増えていた。
　当初は本当の友人・知人が心配しての事かと思っていたが、どう考えても人数が多すぎる。
　詳しく調べて見れば直接インタビューを取りたい記者やキャスターからあわよくばと引き抜きを狙っている者までいた。
「こうなると引っ越したのは不幸中の幸いね…」
　もし、トリコ達と暮らす事になっていなかったならば。
　今頃は家に人が押し寄せ、IGOの機密も漏れてしまっていた事だろう。
　ため息一つ吐く暇もなく再び呼び出し音が鳴り始める。
「…報道規制でも布いてもらおうかしら…」
　また同じ事を繰り返すのかと厭き厭きしながら応答すると、ホテルのフロントからの連絡だった。
　何でも一番厄介な相手がまた来ていると言う。

「それで…一番厄介な相手って誰なんですか？」
「アンタの本当の知り合い達よ。顔を知らない相手じゃないし、面倒な相手だしね…」
「…ボクの知り合い…ですか？」
　誰だろう、と考えても思い浮かぶ相手がいない。
　確かに料理長という立場上、知り合いは多いが怪我をしたとはいえ、態々ホテルまで訪ねてくれる様な相手がいただろうか。
「…なんだか…可哀想になってきたわ…」
　ウーメンも常々思っていた。
　小松は料理に関して以外、かなり鈍感なのではないかと。
「こまつさんにおもいあたるひとがいないなら、しらないひとなんじゃないですか？」
「そうそう。ほんとにしりあいなら、こまつがわからねぇわけねぇし」
　そしてその鈍感さにさらに拍車をかけているのが、この小さな四天王である事がウーメンには判った。
　詳細は知らされずとも四天王がらみで小松がトリコ達と同居すると聞いた後も、小松の様子が変わらなかったのは単にこの子供達がそれとなく邪魔をしていた為だろうと。
　同時にこの子供達がどれだけ小松を頼り、大切に思っているのかも理解できた。
「シェフ…アンタって本当にいいお母さんなのねぇ」
「はい？」
「その子達見てるとアンタがどれだけ、その子達を大切に育ててるか解るって言ってるのよ」
　子供ながらの独占欲。
　自分に向けられる視線がたとえ僅かでも減らない様に。
　自分に向けられる想いが他の者に持っていかれない様に。
　親の愛情を独り占めしたい、という子供らしい感情。
「アンタ達、こんなに大切にされているんだから、しっかり成長してオリジナルみたいな立派な美食屋に」
「や」
　なりなさい、という言葉を遮ったのは小さなサニー。
「けばいのとおなじ、や」
「おれもむっさいのみたいにはなりたくねぇ」
「おりじなるだからりっぱ、とはおもえません」
『いいきになってるだけのおやじにようはない』
　子供達の言葉を受けウーメンが小松を見ると、小松も苦笑いを返す。
「所長からは特に美食屋にとか言われてないんですよ。多分、マンサム所長もそこまで考えられなかったでしょうから」
　いつまで生きられるか解らない状況だったから、将来などというのは誰も考えていなかった。
　小松にしても研究所から預かっている限りはいつまでも一緒に暮らせるとは思っていなかった。
　だから、彼らが大人になった話などした事もなかった。

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　人の噂も七十五日。
　とは言え、瞬く間に広がってゆくのが噂というもの。

　ただでさえ休みがちだった料理長の突然の長期休暇により、ホテルグルメはクレームの嵐に襲われていた。
　センチュリースープを求める予約は後を立たない状態だというのに、料理長の復帰時期は未定。
　レシピが公開されておらず、他に調理できる者もいない。
　通常ならば現場責任者が対応に追われる事になるのだが、原因が原因だけに今回ばかりはウーメンが動かざるを得なかった。
「大体の理由は会長からも聞いてるけど…シェフ、アンタ自分の立場わかってるワケ？」
「すみません…」
　小松はただ、頭を下げる事しか出来ずにいた。
　あの時も今も、自分の行動に後悔はしていないが、迷惑をかける事になる人達がいるという考えは全く思い浮かばなかった。
　ホテルグルメが6つ星なのはセンチュリースープがあってこそ。
　それが無ければ6つ星足り得ないのだ。
「今回は会長直々に説明に来てくれたけど…それに本当なの？アンタが四天王の面倒見てるって」
「えっと…面倒を見ていると言う訳じゃなくて、助けて頂いてますけど…」
「まぁどっちでも良いわ。取り敢えず4人にはその食材をホテルに納品するように伝えて頂戴。今回のシェフの休暇の代償だから納期は守る様に。それと…」
　ウーメンが指を差す先　　　　小松の周囲には小さな4つの影があった。
「その子達が例の？」
　4つの影は小松にピタリとくっついたまま、離れようとしない。
　小さなトリコとココが小松の両サイドに、サニーは小松の背におぶさっており、ゼブラは抱っこされている状態だった。
「ここに来る事がばれちゃいまして…」
「置いてこれなかったってワケね…」
　そう言えば、とウーメンは天井を見上げた。
　いつもはココのエンペラークロウに乗って来る小松が今日は見たこともない獣に乗ってきていた。
「もしかして屋上のアレも？」
「…研究所から付いて来てしまいまして」
　いつも通りキッスに頼もうと近づいた所、背後から銜えられ半ば強制的に乗ることになってしまったのだった。
「この子達も屋上のアレも機密事項なんじゃないの？」
「そうなんですが…マンサム所長も一龍会長も好きなようにさせて良いと…」
　研究所内の問題は大方解決した事からマンサムも一龍も多少自由にさせても問題は無いと判断したようで、興味を持ったことはやらせて良いと許可は出ていた。
　が、だからと言ってIGOの用意したエリアから出してしまってもし人に見られたら、と思うと小松が気が気ではなかった。
「だってさ、きょうはむっさいのたちみんなでかけちまったし」
「こまつさんはけがにんですから、ぼくたちだけでもいっしょにいてあげないと…」
「れたち、つよくなったからまつまもれる！」
「…」
「あら、一人除いて随分とかわいらしい事言うじゃない。これ本当に元が四天王なワケ？」
「え、あ！ゼブラさん！また音弾使いましたね！いつも言っているでしょう！人がいる時はちゃんと声に出して話なさい……ってだからボクだけに聞こえてもダメなんですってば！」
　小松にはゼブラの声が聞こえているが、他の者にとってはただの独り言にしか聞こえない。その為、ちゃんとした話し方をゼブラから教わっている最中なのだが、小さなゼブラは一向に普通の会話をしようとはしなかった。
　伝えたい事は伝えたい相手に伝わっていれば十分だ、と。
「シェフ…アンタかなり元気じゃない？抱っこまでしちゃって。本当に大怪我してるの？」
　小さなゼブラを抱えている事と言い、とても長期の休みが必要な程の大怪我とは思えない。もっとも、第一ビオトープの研究所関係の者達からも休ませるように嘆願は届いているのだが。
「れがささえてるし！」
　胸を張って答えたのは小さなサニーだった。
「サニーのしょっかくでゼブラのからだをささえているんです」
　サニー自身の体も、小松に負担をかけない様に体重の大半は自分の触覚で支えている。
　小松がゼブラに手を添えているのは不自然に見えないようにする為に過ぎない。
「もう表面の傷だけなんですけど、中々周りが許可してくれないんです。ボクもそろそろ包丁を持ちたいなと思っているんですけど」
「アンタが居なかったこの1ヶ月で売り上げ落ちてるんだから、出来るだけ早く治すのよ。アンタの料理のファンは四天王だけじゃないんだから」
　連日小松の居場所を教えて欲しいと尋ねてくる者もおり対応に辟易しているウーメンにとって、1日でも早く小松に戻ってきて欲しい、と言うのは紛れも無い本音であった。