ピッ………ピッ………と室内に電子音が響く。
モニターを確認しているパラガスの顔は段々と険しくなっていた。
「どうだ?」
「その少年の言うとおり、原因は心臓です。しかし…」
ベジータ王にモニターの画面を見せると王の顔も険しくなる。
映像化された心臓には明らかに異形の影が映っており、それが時折動いていた。
「ウイルスも確かに検出されております。それに対してはこの薬も効くでしょうが…」
「寄生タイプ…か」
サイヤ人の間に重苦しい空気が流れた。
「…こんなに育っちまったらアームで取り除く事も出来ねぇ…こんな時に親父は何処に消えちまったんだ!」
忌々しげに打ち付けられたターレスの拳が、宇宙船の壁を変形させる。
「これだけの設備があっても…ダメ…なんスか?」
疑問を投げかけたクリリンの視線を受けたパラガスは、首を左右に振るしかなかった。
「このタイプの寄生生物は取り除く際に激しく抵抗する。小さなモノならばそれも問題ないが、ここまで大きく育ってしまっては心臓ごと取り出すしか方法がない。寄生生物に麻酔を打つ方法も検討されたが…少しでも触れようものなら暴れだすのでな」
惑星ベジータが存在していれば。
自らの身体の損失を補うスペアがあれば、何のこともない治療だったと言うのに。
「そんな…」
力なくクリリンが床へ座り込む。
信じたくなかった。
こんなモノが原因で命を失うような者ではないと思っていた。
絶望が室内を包み込む中、シュン、と扉の開く音がした。
「ブロリー?」
バーダックと同じく、いつの間にか姿を消していたブロリーがそこにはいた。
今までに見た事がない程、青褪めた顔をした息子へとパラガスが近付くと、ブロリーはその手に持っていた物をパラガスへと差し出す。
布が被されているので見た目ではわからないが、それを持つブロリーの手が微かに震えていた。
「…おじさんが…」
ブロリーのその一言で嫌な予感を覚えたパラガスが恐る恐る布を取り外す。
布に隠された容器の中身を確認したパラガスの顔も、見る間に青褪めた。
「血の繋がった親子で、タイプも同じだから必ず適合するだろう、って」
透明の容器の中には
保存液に浸かった心臓が1つ。力強く脈を打っていた。
「バーダックは…どうした?」
声が震えているのが自分でも解る。
バーダックがどうしたのか。
確信はあったが、確認せずにはいられなかった。
「知らない…まだ向こうのメディカルマシンの中だと思うけど…」
心臓が取り除かれたら直ぐにカカロットに持って行け、とバーダックに言われその通りに行動した。
だからバーダックがその後、どうなったかまでは解らない。
バーダックは悟空をメディカルマシンに移す際に、心臓の鼓動がおかしい事に気付いた。
それだけでは移植の必要性
寄生生物の存在に気付くことは出来なかっただろうが、悟空の着ていたヤードラット星特有の衣装が、あの星にしかいない寄生生物を思い出させた。
ヤードラット人にとっては全く無害なその生物は、それ以外の者の体外に入り込むと血の集まる場所、主に心臓や肝臓に寄生する。
何故、ヤードラット人には無害なのか諸説定かではないが、確実に言えるのはヤードラット人以外に例外はない事。
それに気付いたバーダックに「カカロットを助ける為だ」と言われたブロリーは何の疑問も抱かずにバーダックについて行ったのだった。
「これがあればカカロットが助かるって、おじさんは言ってたんだ。父さん、カカロットを」
「解っている。解っているが…」
手が動かなかった。
全く動こうとしないパラガスの手から、ターレスが容器を奪い取る。
パラガスが止める間もなく、ターレスの手によりメディカルマシンへ容器がセットされるとバーダックの心臓が細いアームによって取り出された。
「ブロリー…親父はオレ達が乗ってきた宇宙船にいるんだな?」
「うん」
「なら、心配ねぇ。あそこなら、きっと親父が助けてくれるさ」
左半身を失ったバーダックに移植されたのは左腕及び左下腹部から下のみ。まだ心臓はターレスの父・シヤーチの身体に残っている。
「あの親父の事だ。親父の心臓がカカロットに適合するか調べに行ったんだろうよ。で、結局合わなかった」
だから自分の心臓を取り出す道を選んだ。
自然と最善の道を選ぶのがバーダックという男だと、惑星ベジータにいた頃、耳にたこが出来るくらい聞かされていたがまさかそれを目にする日が来るとは思ってもいなかったが。
「ねぇ。その人ってもしかして今1人なの?なら早く行ってあげなくちゃ!孫くんには貴方達が付いてるけど、誰もいない所で万が一のことがあったら」
「万が一、だと?」
突然口を挟んできたブルマに、ターレスの声音が変わった。
「幾らなんでも機械任せのままで放って置くのは酷いんじゃないの?」
「…親父なら大丈夫だ。絶対に」
「絶対?あんた解って言ってるの!?絶対なんてこの世には無いのよ!」
ターレスに気圧されることも無く、ブルマは言葉を続けた。
「絶対なんて…無いの。あたしだって孫くんは死なない、絶対に勝って皆の所に帰ってくるんだって思ってた。けど…あんた達は知らないでしょうけど…孫くんも一度死んでるのよ!」
涙をポロポロと零しながら、ターレスへと詰め寄る。
ブルマはもう誰にも死んで欲しくなかった。
いつも待っている事しか出来ない自分に苛立ちを覚えたのは数え切れない。
自分の身近な者達の死を、何度と無く見てきた。
その度に願った。
もう誰も死なないように、と。
「ドラゴンボールだってね!一度しか…」
其処まで口に出して初めて気付いた。
悟空が意識不明の可能性がある。そう聞かされた時にドラゴンボールを使おうと言っていれば、この事態は避けられたのではないかと。
「そうよ…何で思い出せなかったんだろう…ドラゴンボールを使えば、そんな寄生生物なんて簡単に取り除けたんじゃないの…」
「ドラゴンボール?」
「どんな願いも1つだけ叶える事が出来る7つの宝珠だ」
訝しむターレスの問いに答えたのはブルマではなく、ピッコロだった。
「だが、病を治す事は出来ん。生物は産まれると同時に寿命が決まっている。避けられる外的要因
戦いなどで死んだ場合は当初の寿命がまだ残っている為生き返らせる事も可能だ。が、避けられぬ外的要因
病などは寿命の一部と判断される事がある。寄生生物がそのどちらに当て嵌まるかは前例が無いから解らんがな」
「そんな便利な物があるってのに…何で教えやがらねぇんだ!カカロットがヤバいと解った時点でテメェ等がそれを言ってりゃ親父が自分の心臓を切り出す必要も無かったって事だろ!テメェ等はカカロットの仲間じゃねぇのかよ!」
「だから!何で思い出せなかったのか解らないのよ!あの時、あんた達が行動してた時に思い出せてたらちゃんと教えてたわ!」
何時もならば、些細な願いであっても叶えたいことがあったならば思いつく手段が今回に限っては誰一人思い出すことが出来なかった。
そう、ピッコロでさえも。
「ったく、仕方ねぇな。ターレス、お前は取り合えずバーダックのトコに行って来い。ここで過ぎた話してるより良いだろうからな。カカロットには俺等が付いててやっからよ」
話の成り行きを見守っていたトーマが二度三度とターレスの頭を軽く叩く。
まるであやすかの様なその仕草はトーマの癖でもあったが、子ども扱いされている様でターレスは余り好きでは無い。が、今はその手を振り払うことが出来ずにいた。
「兎に角、お前は行け。まぁ俺だってバーダックが心配じゃない訳じゃねぇけどな。お前、本当はバーダックの事が心配で心配で直ぐにでも行きたいんだろ?素直に行けば良いんだよ。ガキが我慢なんかするんじゃねぇ!」
頭の上にあった掌が突然ターレスの襟首をつかむと、そのまま治療室の出入り口へと投げつけた。
反応の良い扉は急な接近にも関わらず自動的に開き、受身を取りそこなったターレスはそのまま通路の壁へと打ち付けられる。
「トーマ!けど…オレは…」
バーダックも大事だが、カカロットも守らなければならない。
死んでしまったラディッツと、そして彼等の母親とのたった一つ残された約束。
ここでカカロットの傍を離れ、その間に何か起こってしまったら。
「あのなぁ。さっきそこの嬢ちゃんも言ってただろ。こっちには王もパラガスもブロリーも居る。まぁ…そこのナメック星人の言った事が本当なら別にアイツが死んでも生き返らせる事が出来るみたいだけどよ。それでも死なねぇに越した事はねぇだろ。息子ならさっさと行ってやれ」
「………解った」
踵を返してターレスが表へと駆け出すと、ブルマがそれに続こうとする。
「ブ、ブルマ!お前、何処に行くつもりだよ」
「だって、大切な人に死んで欲しくない気持ちはこの人達も私達と変わらないじゃない。あたしだって機械の操作くらいなら手伝えるわ」
ヤムチャに呼び止められ一度はその足を止めたが、それだけ言うと再び足を動かし、ターレスの後を追う。
「待てって!お前じゃアイツに追いつけないだろ。仕方ねぇからオレも行ってやるよ」
ヤムチャが察知できるターレスの気は既にかなり先へと移動していた。
気を探る事の出来ないブルマだけでは、行き先を探すだけでかなりの時間を食われてしまうだろう。
「別に怖いんなら無理しなくて良いわよ?」
「こ、怖いなんて言ってないだろ。そりゃ、もしアイツに攻撃されたら無事に済むわけないけどよ…」
だが、ターレスが自分達に簡単に攻撃してくるような者ではないとヤムチャは判断していた。
当初のベジータの様なサイヤ人ならば、ブルマが口を出した時点で彼女を殺していただろう。
それをしなかったのならば、今までのサイヤ人とは違い多少は話せる相手なのかも知れない、と。
「じゃあ、俺も一緒に行きますよ。万が一の時はブルマさんだけでも逃がさなきゃならないし、俺でも時間稼ぎくらいは出来ますから」
縁起でもない話だが、全く起こらない話ではない。
そしてこの場に居る誰も、彼等に勝つことは出来ないと肌で感じるその気の強さが物語っていた。
「と、アイツの動きが止まったな。じゃあ、行くか」
3人の行動をサイヤ人達が止める事は無かった。
話す者が居なくなった室内には、不思議な沈黙が訪れていた。