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「…本当に声が聞こえてんのか？」
　カカロットの言葉を素直に信じる事は出来なかった。
　理性を保っているならばまだしも。
　大猿化し、理性を失った者がその姿のまま言葉を発した前例は無い。
「うん、オラのこと呼んでる」
　バーダックが耳を澄ましても、大猿の咆哮すらまだ聞こえる距離ではない。
「なぁ父ちゃん…ブロリーどうして泣いてんだ？」
「泣いてる、だと？」
　コクン、とカカロットは頷く。
　自分まで悲しくなる程の悲しい声。
　それはカカロットには泣いている様にしか聞こえなかった。
「………」
「父ちゃん…」
　カカロットだけに聞こえるブロリーの声。
　バーダックは2人の生誕祭を思い出していた。
「運命を共有する双子星…か…」
　占者の言葉を聞き、パラガスが執拗に引越しを勧めて来ていた事も。
「ったく、オレが間違ってたってのかよ」
　離れてしまった時間を取り戻すことは出来ない。
　そして今となっては元老院がある限り、カカロットとブロリーは共に過ごす事は出来ない。
「いいか、カカロット。家に帰るのは止めだ」
　占者の言っていた様な強い繋がりがこの2人にあるのだとしたら。
　ブロリーの声がカカロットに聞こえているように、ブロリーもカカロットの何かを感じ取っているのかも知れない。
　そしてブロリーが目指しているのがカカロットだとすれば。
　カカロットを家に戻せば市街地へとブロリーを向かわせる事になってしまう。
「邪魔する奴等はオレが抑えてやる。だからお前がブロリーを止めろ」
　勿論、カカロットを危険に晒す気は無い。
　ブロリーと共にターレスもこの場に向かっている。
　その後ろからは招かれざる客達も。
　スカウターに映る戦闘力が上がっている事から彼らもまた、大猿と化しブロリーを追っている事がわかる。
　自分を良く思っていない者達に属する彼らと対面し、そのまま何も起こらない筈が無い。
　バーダックがブロリーを止めようとすれば自分達の面子を優先し邪魔してくる事だろう。
「オレにはブロリーの声は聞こえねぇ。お前だけがブロリーの声を聞いてやれるんだ。ブロリーが何をしたいのか、何を求めているのか。お前が全部聞いてやれ」
　どこまでバーダックの言葉を理解しているのか解らないが、力強くカカロットは頷く。
「お前がブロリーを止められたら…きっとこれからも一緒にいられる様になるからよ」
　最強の大猿を止められる存在が疎まれる事は無いだろう。
　時機に元老院もパラガスの策により潰される。
　今、この場を凌げばカカロットとブロリーが共に居る事に口を出せる者はいなくなる。
「わかった！」
　考えが外れた時。
　自分が選ぶべき道も、バーダックにはしっかりと見えていた。

---

「確実にこっちに向かってきてやがるな…」
　大猿になったブロリーとターレスの反応は間違いなく自分達を目指している。
　バーダックはこの場から動くべきか留まるべきかを考えた結果、居住区に被害の及ばない場所へと移動する事にした。
　ブロリーが大猿化したまま、こちらに向かっている。
　それが問題だったのだ。
　ターレスならば大猿などという目立つだけの状態にいつまでもさせておく筈が無い。
　大猿のままでこちらに向かっているという事は、ターレスにはブロリーを元に戻す術が無いという事になる。
　通常、エリート戦士クラスになれば大猿化しても理性は失われないが相手は子供。
　万が一にも理性が無くなっているとするならば、この場に留まっていては被害が大きすぎる。
「なぁ…父ちゃん。どうしてもダメか？」
　何処に移動するかを考えていたバーダックだが、もう1つの選択が必要な事を思い出した。
　カカロットを連れて行くか否か。
　ブロリーが理性を失っているとするならば、破壊衝動を抑える事無く攻撃してくることだろう。
　対峙した時にカカロットが居ては、はっきり言えば足手纏いである。
　出来る事ならばこの場に残して行きたいが、その場合、ブロリーが進路を変えなければカカロットには己の身を守る術がない。
　ブロリーがターレスと同じようにバーダックが撃ったエネルギー弾の弾道からこちらを目指しているならば、郊外からもう一度エネルギー弾を撃ち込めばその進路を変える事だろう。
　だが、何も目安にせず偶然こちらに向かってきているだけだとしたら。
　居住区にいる下級戦士達とて満月の夜の危険性を知らない訳ではない。
　誰かが月の光を浴びて暴れるのは毎回の事。
　多少の怪我を負う者は出るだろうが、自己の判断で避難する事だろうが、カカロットにその判断は出来ない。
「カカロットを守りながらアレを抑えなきゃなんねぇか…」
　仕方が無い、と溜め息を1つつくとバーダックは居住区から離れた荒野へと向かった。
「あ、父ちゃん！オラこっちじゃなくて」
「黙ってろ。ブロリーもこっちに向かっている」
　バーダックが動いた途端にブロリーも自分達を目指して進路を変えた。
　ターレスの動きが止まっている所を見ると、ブロリーを追いかけるべきかバーダックの居た場所に向かうべきかを悩んでいる事が安易に予測できる。
「狙いは何だ？」
　理性を失った大猿が何故、自分達の後を追うように動くのか。
　それだけはどう考えても答えが出ない。
「いいか、カカロット。これからここに大猿になったサイヤ人が来る」
　カカロットが何処まで理解出来るか解らないが、相手の戦闘力からして自分も全くの無傷とは行かないだろう。
「オレが大猿の相手をしている間にターレスが来たら一緒に家に戻れ。良いな」
　手頃な岩場にカカロットを下ろす。
　スカウターに表示される相手の位置からすると、もう数分もすればここに来ることだろう。
　相手の命を奪う戦いよりも相手の命を奪わない戦いの方が遥かに難しい。
　その上、相手の戦闘力は今の自分より上である。
　追手のエリート戦士達も多少の戦力にはなる程度でしかない。
「トーマ達に援護を頼むか…？いや…アイツが相手じゃ怪我人が出るだけだな…」
「父ちゃん…」
　カカロットも今までに見た事のないバーダックの姿に不安を覚えていた。
　バーダックと自分はターレスとブロリーを迎えに来ただけだというのに。
「大猿ってオラのこと呼んでるヤツなのか？」
　バーダックが警戒している方向からは今も尚、自分を呼ぶ声がカカロットには聞こえていた。
　どうしても会いたい。そう思わせる声。
「父ちゃんの言ってる大猿って　　　　　ブロリーなのか？」
『　　　　　　　　　　ト！』
　耳に聞こえる声ではないが、カカロットはその声の主を思い出していた。
　何度も何度も呼ばれるうちに。
　その悲しい声の主を。

---

　月の光が目に入った瞬間。
　自分、というモノが消えた気がした。
　自分が何なのか。
　どうして此処にいるのか。
　脈打つ体はそんな考えも頭の中から追い出してしまった。
　持て余した力が体を突き動かす。
　壊せ、壊せ、壊せ、と。
　何でも良かった。
　目に入るもの全てを壊す。
　そんな事をしていたら、爆風の中から小さな影が飛び出した。
　自分から遠ざかろうとするその影を追うと、月の光とは別の光が目に映った。
「　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　！」
　自分はその光を知っている。
　その光の先に何があるのかを知っている。
　声に出してそれを呼びたかったが、声は言葉にならず、咆哮が響き渡るのみ。
「　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　！」
　何度かそれを呼ぼうとして、思い出した。
　この光を以前見た事を。
　この光の主こそが自分の求める者である事を。
　そして　　　　　　今、自分に向かって攻撃をして来ている者達が光の主と自分の間を邪魔している事を。
　邪魔だ、と思い出した時には手が既に伸びていた。
　掌に熱が集まる。
　腕ごと振り上げ、集まった熱を放り投げるように腕を振り下ろすと、邪魔な者達の傍で熱の大きさからは予想出来ない大きな爆発が起こった。
　熱の塊が邪魔な者達に直接当たる事は無かったが、爆風で小さな影が幾つも吹き飛ばされるのが見えた。
　これで自分の行動を邪魔する者はこの場にはいない。
　そう確信すると、先に飛び出した小さな影の後を追うことにした。
　いや、後を追うのではない。
　自分が会いたかった光の主のいる場所と、小さな影が飛び立った方向がたまたま同じだっただけ。
　光の位置は変わらない。
　まるで自分を待っているかのように。
　会いたい。
　思いだけが体を動かしていた。
　そう、あれから毎日夢に見ていた。
　たった一日だけの、悲しい夢を。
　楽しくて嬉しくて幸せな筈なのに、悲しくて寂しくて辛い夢。
　朝、起きると涙が零れていた。
　そして願った。
　夢の中の相手も、自分と同じように感じてくれていたら良いのに、と。
「カ　　　　　　　　　　　　　　！」
　声に出してその名を呼びたい。
　早く会って自分の素直な気持ちを伝えたい。
　そんな自分の気持ちを邪魔する声がする。
　壊せ、壊せ、壊せ、と。

---

「こりゃあ…親父さんの説教だけじゃすまねぇよなぁ…」
　手の付けようが無かった。
　100,000を超える戦闘力の大猿。
　バーダックに打ち落とされた追っ手達も体制を立て直して追いついてきたが、牽制する事しか出来ずにいた。
　幸いにも居住区を避けて行動していた為、今の所、被害は出ていない。
　このまま夜明けまでエリート戦士達が食い止めてくれれば良いが、手傷を負っている彼等が夜明けまで持つとは思えなかった。
「やっぱ親父さん呼んでくるか…でもなぁ…」
　大猿化したブロリーと対等に相手が出来る人物はバーダックしか居ない。
　が、呼びに行けば怒られるのは必然。
　好き好んで最強の戦士に怒られに行くような者はいないだろう。
「てか、絶対に気付いてるよな…」
　スカウターのスイッチを切っていなければ。
　これだけの戦闘力を見落とす筈が無い。
　見落とす筈は無いのだが…来る気配も無い。
「…被害が出る前に怒られて来るとするか…」
　二者択一。
　被害が出る可能性を放置してこのまま夜明けを待つか。
　被害を抑える為にさっさとバーダックに頭を下げに行くか。
　どちらがより怒られるかを天秤に掛ければ、答えは1つしかなかった。


「…父ちゃん…」
「何だ」
　カカロットはジッと一点を見つめていた。
　先程バーダックがエネルギー弾を打ち込んだ方角を。
「オラ…あっちに行きてぇ」
　迷いの無い動作で指差す。
「駄目だ。もう直ぐターレスが此処に来る。そうしたらお前は家に戻れ」
　スカウターの数値が誰が大猿になってしまったかを教えていた。
　ターレスの戦闘力がこちらに向かってきている事も。
「来る前に約束しただろ。ターレスが見つかったら帰るってな」
　そして、大猿になった者を見つけたら有無を言わずに帰るとも。
「でも…オラの事、呼んでる」
　バーダックには聞こえない。
　耳に聞こえる声ではなかった。
　誰かが自分を呼んでいる。
　バーダックとの約束を忘れた訳ではないが、　カカロットが自分だけで飛ぶ事が出来たなら直ぐにでも動いていただろう。
　それだけ懸命に自分を呼んでいる。
　たった一言　　　　　カカロット、と。
　繰り返し繰り返し、己の名を呼ばれている気がしてならなかった。
「！」
　そんなカカロットに反応するかのように。
　ターレスだけでなくブロリーの戦闘力までもがこちらへと動いていた。
　自分達を目指しているのか。
　ただターレスを追っているだけなのか。
　どちらにしても此処に来てしまったならば、被害は拡大する。
　バーダックの眼下には　　　　　　下級戦士達の住む居住区が広がっていた。

---

　ブロリーの視界には光が見えていた。
　月の光とは違う、暖かい光。
　先日、初めて外に出た時と同じ光が。
「カカロットも来てる…？」
　光の先はまだ見えないが、先日はその光の先にカカロットが居た。
「カカが？まぁ…アイツはシッポもねぇし、今夜出歩いても問題ねぇから、もしかしたら居るかもな」
　ブロリーの耳にターレスの言葉は届いていなかった。
　光を辿ればカカロットにあえる。
　ならば少しでも早く、其処へ向かいたい。
「！待て！そんなに飛ばすんじゃねぇ！」
　会いたい。
　その気持ちがブロリーから落ち着きを奪っていた。　
　冷静に周囲の状況を把握する思考も、今は働かない。
　ターレスも懸命に追いかけるが月の光を気にする余り、飛び方を覚えたばかりの筈のブロリーにすら追いつくのが困難だった。
　ブロリーは月の光を恐れていない分、速度が増している。
　ターレスにとって、ブロリーのこの行動は計算外だった。
　バーダックが自分を探しに来る。
　その可能性は織り込み済み、と言うよりは探しに来てくれなければ成功しない作戦であった。
　何だかんだ言いつつも、ラディッツとターレスの性格を把握しているバーダックならば、自分を説教する為に探しに来るであろうと。
「チッ！あのガキ！」
　赤ん坊の頃から多少は性格が変わったかと思っていたが、そうではなかった。
　奥へ奥へと押し込めていただけの事。
　カカロットの事になると周囲が見えなくなる。
　一番厄介な性格は治っていなかったと、今更ながらに気付かされた。
「カカロット！」
　早く、もっと早くと思えば思うほど、速度は上がってゆく。
　バタバタと棚引くマント。
　さらに速度が上がったその時、突然の向かい風に頭部を覆っていたフードが。捲れ上がった。
「馬鹿が！早くフードを押さえろ！」
　ターレスの声は間に合わなかった。
　8年に1度の満月の光。
　その光は遮光物が無くなれば一気に視界を覆いつくす。
　ドクン、と心臓の鼓動が強くなった。
　ドクン、ドクン、ドクン、と次第に鼓動が強く波打つ。
　身体の奥底から、何かが表へと出てこようとしている。
　ターレスはブロリーのシッポを抜こうと速度を上げたが　　　　　　　　間に合わなかった。
　小さな身体からは想像のつかない程、大きな猿の姿。
「…やべぇ…」
　ブロリーの戦闘力は並大抵のモノではない。
　生まれながらにして10,000もの戦闘力を持っていたのだ。
　この数年でさらに戦闘力は上がっている。
「仕方ねぇ…ブロリー！自分でシッポを抜け！そうすりゃ戻れる！」
　シッポと満月。
　この2点が揃わなければ大猿の状態を保つ事は出来ない。
　その上、ブロリーはエリート戦士に属する。
　ならば大猿になっても理性は失われない。
　ターレスはそう思っていたのだが。
「な…！」
　ブロリーの巨大な拳が目の前を掠める。
　大猿と化したブロリーは　　　　　　　　　　　理性を失っていた。

---

「まさか…親父さんか…？」
　自分達を追っていた者達に次々と命中するエネルギー弾の数々。
　このような離れ技を遣って退ける人物をターレスは1人しか知らなかった。
「凄い…」
　ブロリーもその光景に目を見張っていた。
　こちらから姿が見えない以上、撃っている側からもこちらの姿は見えていないのは確実。
　スカウターを使っているにしても相手は常に動いている。
　着弾時の相手の位置を正確に読み取らなければ、到底当てられるものではない。
「親父さんにとっちゃ、朝飯前って所だろうけどな」
　凄い事を凄いと思っていないのがバーダックである。
「ま、致命傷を負ってるやつはいないから放って置いて先に行くぜ。これ以上もたもたしてたら」
　ビュン、と何かがマントの裾を掠めた。
　眼下には先程のエネルギー弾で打ち落とされた追跡者の姿がある。
　致命傷を与えない程度に弱められたエネルギー弾。
　ターレス達を追ってきたエリート戦士達の一部は、それを受けても意識を奪われない程度の戦闘力を持ち合わせていた様だった。
　それでも自由に動く事は出来ないようでその場からエネルギー弾を撃ってきたのである。
「あ～こりゃまた親父さんに説教くらっちまうな…」
「え…？」
「親父さんのエネルギー弾があいつ等を打ち落とした時点でさっさと此処から離れなきゃならなかったんだよ。今の状況もスカウターで見てんだろうからなぁ…」
　ブロリーを連れ出す。
　この程度の事ならばバーダックが説教をする事は無いと解っていたから、行動に移ったのだが…戦闘面に関してはバーダックは妥協を許さない。
　間違った戦略、足りない力、そして誤った判断。
　どれか1つでも実践においては命取りになる。
　以前から叩き込まれてきた事だったが…今回は判断を誤ってしまった。
　誰からの援護なのか、それとも自分達を狙ったが外れたのか、そんな事は如何でも良い。
　目の前の道が繋がったならば、其処から瞬時に判断し最善の判断をする。
　誰からの、等と考えるのは全てが終わってからで良いと散々教えられてきたと言うのに。
「これ以上親父さんを怒らせないうちに行くぞ」
　但し、飛空速度を必要以上に上げる事は出来ない。
　今夜は満月。
　ブルーツ波を遮断するマントを頭から被っているが、顔を覆っている部分が捲れようものならば、大猿へと変貌してしまう。
　ブロリーの見張り、という任務についているエリート戦士達に支給されているような遮光ゴーグルがあれば速度を上げても問題ないのだが。
「…父さん…大丈夫かな…」
「おっさんは関係ねぇから大丈夫だって。オレが1人でお前の家に忍び込んでお前を連れ出した。それだけの事なんだからな。カカに会いたいってお前も思ってんだろ？」
「うん」
　カカロットにもう一度会える。
　また、と約束をした。
　もう会えないと解っていたのに。
　カカロットが自分を待っていてくれる。
　会えると楽しみにしてくれている。
　もう二度と家から出られなくても良いと思っていたのに、また会える可能性があると解ったら行動せずにはいられなかった。
　例え、父に迷惑が掛かると解っていても。

---

「うわぁ…」
　流れる景色。
　暗い夜を照らす明るい月。
　全てが初めて目にする光景だった。
　丸い月は光の加減なのか何時もよりも大きく見える。
　普通ならば見上げる事など出来ない月の光だが、それでも地上にバーダックの影を造るのは困難だった。
「喋るなよ。舌噛んでも知らねぇからな」
　影すら落とさない　　　　　　パラガスでさえ顔を引き攣らせていた速度だと言うのにカカロットの顔には恐怖の欠片すら見当たらない。
「なぁ、父ちゃん！オラも父ちゃん見たいに飛べるようになるのか！？」
　喋るな、と言っている矢先から話し始める。
　この好奇心旺盛で人の話を聞かない所は確実に母親似だろうと、バーダックは思わずに居られなかった。
「鍛錬を積めばな」
「そっか！」
「ま、浮く事も出来ねぇんじゃ先は長いだろうけどな」
　出来る出来ないには個人差がある。
　現に共に育ったラディッツとターレスでも、受けるようになったのはターレスが先だがコントロールが出来るようになったのはラディッツが先、と言った具合で得手不得手で覚える速度は違っていた。
「…だって…兄ちゃん達がまだ早いって…ブロリーはもう浮けんのに…」
「ああ゛？早くはねぇだろうが。仕方ねぇな…明日トーマ呼んでやるから、教えて貰え」
「父ちゃんは教えてくんねぇのか？」
「オレは人に教えんのは苦手なんだよ」
　それに自分が浮いたり飛んだり出来た時、どうしてそれが出来たのかと理論的に説明する事が出来ない。
　出来るようになった時の記憶はあるが、それはバーダック自身の記憶ではないのだ。
　その為、ラディッツ達に教える時もトーマ等チームメイト達に任せていた。
　最も人の面倒を見るのが好きな者達だったので拒否された事もなかったが。
「オラ…父ちゃ」
　ピピピピピピ、とスカウターの電子音が鳴り響く。
　セットしていたターレスの戦闘力を検知出来る距離に達した合図だった。
　バーダックがターレス以外の戦闘力も感知するように設定を変えると、傍に大きな戦闘力が1つ。
　そしてターレスとその戦闘力の主を追いかけるように複数の戦闘力が検知される。
「あの馬鹿が…！」
　スカウターが有る限り、追っ手を撒く事が出来ないにせよ数は減らすのが定石だ。
　検知される数値も、ターレスならば倒せる相手ばかり。
　揉め事を起したからには徹底的に証人を黙らせる必要があると言うのに。
「カカロット、しっかり掴まってろ。衝撃波ですっ飛ぶんじゃねぇぞ」
　カカロットの手に力が込められるのを確認すると、両手から無数のエネルギー弾を打ち出す。
　が、目視できる範囲には誰も居ない。
「父ちゃん、誰もいねぇトコに撃ってどうすんだ？」
「ちゃんと居る所に撃ってんだよ。近くから撃ったらオレがやったってバレちまうだろうが」
　スカウターの反応が1つ2つ…と消えていく。
　超長距離からの射撃など接近戦を主とするバーダックは普段は行わないが、今は追っ手の目に自分が映る訳にはいかない。
　相手もスカウターをつけてはいるだろうが、目視できる距離に目標が居る以上、必要以上に範囲を広げてはいないだろうと言うのがバーダックの読みだった。
「なんだ…1人も避けられねぇのかよ。こりゃ鍛え直さねぇとな…」
　全員、スカウターをOFFにしていたと思いたい。
　そうでなければ余りにも弱体化し過ぎている。
　以前の　　　　　　　　先王の代の戦士ならば簡単に避けられる程度のエネルギー弾なのだ。
　強制的な戦闘が無くなったとはいえ、気を抜く事が出来ないのが現状であると言うのに。
　戦闘力が高かろうとも、常日頃の鍛錬を怠れば反応速度は鈍るというのに、今のエリート戦士達は戦場に出る者も、鍛錬を行う者も少なくなってきていた。
「お前でも今のなら避けられるよな？」
「見えたから出来る！」
　スカウターの戦闘力を記録し、全てが片付いた時には全員を鍛え直すようベジータに進言しておいてやろう。と、打ち落とされたエリート戦士達にとっては要らぬお節介をバーダックが実行に移したのは言うまでも無い。

---

　窓の外を見ると、いつもよりも遥かに明るい。
　その明るさがブルーツ派の強さを物語っていた。
「仕方ねぇな…オレが探してくる。ラディッツ、お前はカカロットと留守番してろ」
　外出禁止の夜に子供がいなくなった等と騒ぎを起す訳にもいかない。
　スカウターを使えば直ぐにでも見つかるであろう事から、バーダックは自身で探しに行く事にした。
「…親父が大猿になっちまったらどうすんだよ」
「あ゛？オレがそんなヘマすると」
「思う」
　ゴンッと良い音が室内に響いた。
　意識を保っていられる事から手加減されている事は解るが、痛いものは痛い。
「何すんだよ！」
「チッ、ならこうすりゃ問題ねぇだろ！」
　言うな否や、バーダックは己のシッポを抜いてしまった。
　ラディッツの答えに頭に来たのは確かだが、冷静に考えてみればバーダックはバーダックとして大猿になった経験が無かったのだ。
　戦闘力が高い為、大猿にならずとも苦戦する事は無いので、他の者が選ばない「月の出ない惑星」や「満月の周期が訪れない」惑星へばかり遠征に出ていた。
　その為に、自分が大猿化した場合どうなってしまうのか、自身にも予測が出来ない。
　理性を失うのは大半が下級戦士。
　戦闘力は惑星ベジータで最強であったとしても、本来バーダックのタイプは下級戦士に位置する。
　万が一にもバーダックが大猿化し理性を失ってしまったならば。
　この惑星上にバーダックに勝てる者は居ない。
　月が沈むまで誰にもなす術が無いのだ。
　ならば予防措置としてシッポを抜くしかない。
　シッポを抜いたとて戦闘力に問題が出る訳でもないので、バーダックの決断は早かった。
「父ちゃん、オラも行く！」
「駄目だ」
「行く！」
　しっかとバーダックにしがみつく。
　ラディッツはその様に溜め息を1つ零した。
　こうなったカカロットは頑として自分の意思を譲らない。
「親父、連れてってやれよ。カカロットなら元からシッポが無いんだし。それに」
　今のカカロットは先程までのブロリーに会いたがっているカカロットとは違う、とラディッツには解っていた。
　自分達の会話を何処まで理解しているのかまでは解らないが、カカロットは純粋にターレスを心配して探しに行きたがっているのだと。
「…いいか、カカロット。ターレスを見つけたら直ぐに帰るぞ」
「わかった！」
「大猿になった奴を見つけたら、ターレスが見つかって無くても面倒に巻き込まれねぇ内に帰る。約束出来るな？」
「する！」
　実際、その様な場に出くわした時。
　好奇心旺盛なカカロットが素直に帰るとはラディッツには思えなかった。
　それでも。
　義兄を心配する弟を止める事は出来ない。
　本当ならばラディッツも一緒に行きたかったのだから。
「ラディッツ。もし、ターレスが戻ってきたらこれで知らせろ」
　予備のスカウターをラディッツに投げ渡すと、バーダックはカカロットを片腕に抱え、あっという間に見えなくなってしまった。
「親父…頼むからカカロットのこと考えてもう少しスピード落とせよな…」
　全てを自分基準で考えてしまうバーダックの悪い癖。
　大切な弟を連れて行かせた事をラディッツは後悔していた。

---

「テメェはいつまで其処にしゃがみこんでりゃ気が済むんだ！」
　玄関でブロリーを待っていたカカロットが目にしたのは、鬼の様に怒っている父の姿だった。
「ブロリーはな、テメェみてぇに簡単に家から出られねぇんだよ。それでもまたって言ったんなら、ヤツを信じてさっさと家の中に入りやがれ！」
　カカロットの返事を待つまでも無く、バーダックの手はカカロットの首根っこを掴むと奥から顔を覗かせていたラディッツへと投げつけた。
「…ブロリー…」
「何だ」
「今、家から出られねぇのか？」
「そうだ。ブロリーは事情があって家から出られねぇ」
　話した内容を何処までカカロットが理解出来るかわからないが、聞いてくる事には全て答えると、道すがら決めていた。
「じゃあ、オラが遊びに行く！」
「駄目だ。今、ブロリーの周りには怖い大人が大勢いる。お前が行っても会わせてもらえねぇだろうな」
「…父ちゃんよりも怖いのか？」
「オレの敵じゃねぇが、やっちまったらブロリーの父親に迷惑がかかる」
　それに先程、暫く待ってやるとパラガスと約束したばかりだ。
　舌の根も乾かぬうちに手を出すわけにはいかない。
「………」
　口を噤んだカカロットの様子に納得したのだと判断したバーダックが室内を見回すと、1人足りない事に気づいた。
「おい、ラディッツ。ターレスはどうした？今夜は外出禁止令が出てるだろうが」
「大丈夫だよ。あいつ、マント持って行ったしさ。それに大体夕飯が出来上がった頃にはいつも帰ってくる…」
　と、壁の時計を見上げるといつもなら帰ってきている時間になっていた。
「あの野郎…また1人で何とかしようなんて思ってんじゃねぇだろうな」
「あー、有り得るかも。親父がこんなに早く帰ってくるなんて思ってなかったし、あいつ俺以上にカカロットに甘いからなぁ…」
　周囲からはそう見えないのだが、ターレスはラディッツより遥かにカカロットを甘やかしていた。
　自分の悪戯にカカロットを巻き込む事も多々あるが、先日のパラガスとの連絡役を自分から買って出たりとカカロットの為にと無茶をする事も厭わない。
「…まさか…」
　もし、ターレスが行動を起こすのならば、今夜ほど絶好のチャンスはない。
「親父！あいつ…ブロリー連れ出しに行ったのかも…」
　今夜ならば出歩いている者は殆ど居ない。
　居たとしても皆、頭から外套を被っている為、人の判別もし辛い。
「ターレス兄ちゃんがブロリー連れてきてくれんのか？」
　期待の込められた眼差しがラディッツとバーダックを見上げる。
「チッ、あのバカ…今夜がどれだけヤバいか分かってねぇな…」
　今夜は8年に一度しか訪れない日。
　惑星ベジータの月が真円を描く日。
　今より数代前の王の時代。
　酒に酔った勢いで月の光を浴び、大猿姿で暴れまわった者達が居た。
　この程度の事ならばその王の時代より前から度々起こっていたのだが、この時は規模が違った。
　大猿になった者を止める為に外に出たものまでもが大猿になってしまい、終いには当時のサイヤ人の半数近い数が大猿になってしまう等、収集のつかない事態に陥ったのである。
　その時の王が制定した法により、現在も夜警の者以外は基本、外出を禁じられていた。
　火急の案件や何がしかの理由があり外出する場合は、遮光外套の着用が義務付けられており、大猿となった者には罰則が用意されている。が、それでも毎回不用意に光を浴びてしまい、建物を壊してしまう者が数名出ているのが実状だった。
　シッポを切ってしまえばその不安も無くなるのだが、たった一晩の為にシッポを切るような酔狂な者は居ない。
「あいつが間の抜けたミスをするとは思えねぇが…」
　巻き込まれない、とは言い切れない。
　現に、前回の満月の折にはあのトーマがいざこざに巻き込まれている。
　建物の破壊程度ならば心配する必要は無いのだが、厄介なのは誰が大猿化してしまうか、だった。
　大猿になった者の戦闘力は平時の10倍程度。
　4桁程度の戦闘力の者が大猿になったとしても、エリート戦士たちで十分取り押さえることが出来る。
　厄介なのは5桁以上の戦闘力を持つ者達だった。
　多くは上級戦士、エリート戦士に部類する者達の為、大猿になったとしても自我を保っている。が、戦闘力の高い中級戦士の中には自我を保てない者も多かった。
　大猿化した者を取り押さえる為の大猿化は法令により禁じられている。
　となれば、取り押さえる者はごく限られた者達になってしまい、前回はたまたま休養期間中だったトーマが指揮を取る事になってしまった。
　トーマ曰く、大猿になったバカ数人を相手にするならば【狂戦士】を相手にしろと言われた方がまだましだ、との事。
　当時、ラディッツもターレスも今のカカロットより小さかった為、詳細は伝えられていないが、大人達が慌しかった事だけはラディッツも覚えていた。

---

　【狂戦士】として動く。
　それは今まで『戦場』と言う名の裏舞台にいたバーダックを表舞台へと引きずり出す事になる。
「バーダック！」
　パラガスのその声には【狂戦士】バーダックを怯ませるだけの迫力があった。
「今お前が出て行けば、王にも迷惑が掛かる。お前は唯でさえ元老院のエリート思考を持った馬鹿共に嫌われているんだ！王の事も考えて行動しろ！」
「ベジータに迷惑かけるなんざ、昔っからだろうが」
「王とてお前が事を起こしてからでは庇いきれんのだ！良いか、バーダック。元老院は今、お前から【狂戦士】の称号を剥奪しようと動いている。先王の負の遺産だと言ってな」
　【狂戦士】の称号さえ奪ってしまえば、バーダックを捕らえるのに罪状に困る事は無い。
　簡単なところで、王への不敬罪を適用する事も出来るようになる。
「なら、尚更今使わねぇ手はねぇだろ。元老院のジジィ共を片した後なら称号なんざ欲しい奴にくれてやら。【狂戦士】であろうがなかろうが、オレの強さに変わりは」
「その様な事を簡単に口にするな！それに貴様が言った事だろう！忘れたとは言わさんぞ！」
　自分の中に眠る者を忘れぬ為にも、【狂戦士】を名乗り続けると。
「あぁ、言ったさ。オレは【狂戦士】を名乗り続けるってな。けどよ、それが原因でベジータが治めるこの星の中で揉め事が起こるってんなら話は別だ。お前等と『あいつ』じゃ比べ物になんねぇんだよ。それ以上に、カカロット達ともな！」
　自分と同一の存在。
　自分に命をくれた存在。
　自分に彼女から送られた最初の命達。
　そして彼女が最後に残した命。
　その中の誰かとの約束を破らなければならないとしたら。
　答えは決まっている。
　自分と同一の　　　　　自分の中に眠る者との約束を破る。
　彼の存在に我慢させるだけで他の者達を守れるならば、安いものだった。
「…解った。だが、今しばらく我慢してくれ。出来ればもう少し時間をかけたかったが…決行を早める」
「お前がやるってんなら少しだけ待ってやるさ。決行する時は声掛けろよ。今の倍以上は協力者が増えるって保障するぜ」
「烏合の衆ではないだろうな？」
「当たり前だろ。このオレが集めるんだからな」
　元老院に不満を持っているのは何もパラガスとその協力者達だけではない。
　下級戦士も、中級戦士も、上級戦士も、エリート戦士の中にも。
　現体制を歓迎しつつも、古い考えを持ち、我が物顔で政治に参加している元老院に不満を抱いている者は多く、その大半は先の王位交代劇の際にバーダックの強さに魅せられた者達だった。
　その上、エリート戦士であるッパラガスには下級戦士や中級戦士を纏めるのは難しい。
　全ての階級の戦力が集まり、元老院の廃止を訴える事が出来たなら。
　それは確実にパラガスの考える作戦の一部になる。　
「んじゃ、ちょっくら戻ってカカロットの様子でも見てくるか。あぁ、パラガス。オレの個人艇は整備班に引き取らせろ。座標データが狂ってた、って一言加えてな」
「ばか者。それでは整備班が責を問われるだろうが。お前が戦闘中に誤ってエネルギー弾をぶつけた事にしておけ」
　仕方ねぇ、と一言呟くとバーダックの体が空高く浮き上がる。
　そして瞬きをする間も無く、次の瞬間にはその場に彼の姿は無かった。
「相変わらず…人の事を考えん飛び方をする…」
　ここに連れて来られるまでの間、正直生きた心地がしなかった。
　パラガスではとても出す事の出来ない速度を、それがさも普通であると思っている戦友。
「のんびりはしておれんな」
　少しでも準備を急ぎ決行を早めなければ、あっという間に痺れを切らしてしまう戦友は待ちきれずに個人艇を直撃させる以上の攻撃を仕掛けてしまう事だろう。
「しかし…何故ワシが元老院に居ると解ったんだ…？」
　素朴な疑問を抱きながら、パラガスもまた、森を後にした。