生誕祭においてフリーザがカカロットのシッポを抜いてしまってから早10年。
未だにカカロットのシッポは生えていなかった。
そんなカカロットの元にはフリーザより毎年誕生祝が届けられ、フリーザ本人も年に数回顔を見せていた。
「やはりカカロットさんの成長が思わしくないのはシッポが無い事が原因なのでしょうか」
王宮で次の遠征先を打ち合わせている最中、フリーザから唐突な質問が飛び込んできた。
「前例がないので何とも申せませんが…それ程お気になさらずとも」
シッポが無くなった本当の原因はフリーザではない。
フリーザと条約を結べると喜んだ反面、いつか何処からか真実が漏れてしまうのではないかとベジータ王は内心ハラハラしていた。
「先日パラガスさんの息子さんと一緒にいらした時は兄と弟と言っても良い程、体格に差が出ていました。それにザーボンさんからの報告によればシッポが無い為にいらぬ陰口を叩かれているとか」
失われたシッポが原因であるとの確証は何も無いが、カカロットの身体的成長は著しく遅れていた。
10年前の生誕祭での出来事はその場にいた者達に堅く口止めした為に、王宮に入れなかった下級戦士達は知らずにいる。その為、シッポの無いカカロットは純粋なサイヤ人では無いのではないか、と囁かれていた。
これにはバーダックに対する妬みも含まれていたのだが、当のバーダックは全く気にする事無く、日々遠征を楽しんでいる。
「本来ならばその様な者達はその場で叩きのめしてしまいたいのですが、私が横から出て波風を立てる訳には参りませんからね。どうしたものかと…」
これ程、カカロットに心を折っているフリーザの目に真実が曝されてしまったら、この星はどうなってしまうのだろうか。
真実を知っているのはベジータ王を除いて6人。
バーダック、パラガス、ラディッツ、ターレス、ブロリーそして医療棟のドクター。
万が一にも口を滑らす可能性があるものは居ないが、それでも心配は尽きる事がない。
「失礼致します!」
扉をノックする音と共に、王宮付きの兵士が入室してきた。
「東方警備隊よりエリート部隊の派兵要請が入っております」
その場が緊張に包まれた。
エリート部隊の派兵。
それは大事が起きていると言うことだ。
大規模な暴動が起こったか、他の惑星からの侵攻が始まったのか。
「派兵理由はなんだ」
「大変申し上げにくいのですが……ベジータ王子とブロリー、カカロットの3名が揉め事を起こしている様です」
「おやおや、カカロットさん達も困ったものですね」
言葉とは裏腹に表情は楽しそうである。
「私が行こう。近衛第一分隊に出兵命令を。パラガスとバーダックも呼び出せ」
「バーダックは東の銀河へ遠征に出てしまいましたが…」
遠征に出たのが4日前。
まだ到着していないであろう事から、緊急連絡を入れたところで最低4日は戻って来れない。
「では私が代わりに同行致しましょう。構いませんね?」
同行の許可を求めている訳ではなく、これは決定事項だった。
この場にバーダックがいたとしても、フリーザは間違いなく着いてきた事だろう。
10年前の一件依頼、フリーザは大層カカロットを可愛がっていたのだから。
「お願い致します」
一行は鉱山の広がる東地区へと向かった。
「いい加減にそれを寄越せ!」
「イヤだったらイヤだ!」
途中で合流したパラガスと共にベジータ王がエリート部隊を伴って現場に到着すると、壮絶な爆音と共に子供たちの声が聞こえた。
ベジータ王子が本気で攻撃を仕掛けている事は、誰の目にも明らかだった。
「何をしている!」
爆音に負けぬベジータ王の声に、3人が動きを止めた。
「何が原因だ」
「カカロットの野郎が分不相応な物を持っていたからオレが有益に使ってやると言っただけだ」
見るとブロリーの後ろに庇われるようにしているカカロットの手の中には大きな石があった。
「鉱石のようですね」
淡い光を放つそれをフリーザは目にした事がない。
「あの石は月光石と呼ばれる大変希少な石です。加工すれば装飾品としての価値もありますが、我々サイヤ人にとっては原石のままでも己の力を増幅する効力がある為、かなりの高額で取引されております。月の光で本来の力を出せる我々に力を与えてくれる光る石。その為、月光石の名がつきました。それにしても…あれ程の大きさは私でも今までに目にした事がありません」
パラガスの説明により先程以上にフリーザは鉱石に興味を抱いた。
増幅器の変わりになるような自然石。
その様なものは数多の星を参加に持つフリーザも聞いたことすらない。
「それで、そちらはどなたが見つけられたのですか?」
「カカロットです。昨日から一緒に探しておりました」
後ろに隠れ俯いてしまっているカカロットに代わり、ブロリーが答える。
「今更、下級戦士のカカロットが鉱石の一つや二つ手にしたところでどうなるものでもない。ならばオレが有効に使った方が国の為にもなるだろう」
ブロリーが睨み付けるがベジータ王子は意に介する様子もない。
カカロットの姿は完全にブロリーの後ろに隠れてしまっており、フリーザ達からも確認する事が出来なかった。
「カカロットさんはその鉱石をどうされるおつもりだったのですか?」
静かにカカロットに近付き、俯いてしまっている顔を下から覗き込む。
「…実はカカロットはフリーザ様に今までのお礼をしたかったんです。ですが、僕達はまだ給金を貰える立場ではありません。鉱石ならば発見者に所有権があるので2人で探しに来ました」
「オラ………ちっせぇまんまだから父ちゃんや兄ちゃん達みてぇになれねぇって。ちっせぇオラが自由に遊んでられんのはフリーザが王様に言ってくれてるからだって皆言ってっから…だから………」
自分に出来る事で礼をしたかった。
でも自分に何が出来るかわからずブロリーに相談し、月光石を探す事にしたのだった。
「ありがとうございます。カカロットさんのお気持ちは大変嬉しいですよ」
「なぁ、フリーザ。怒ってっか?」
カカロットには今のフリーザの言葉に違和感を感じていた。
いつもと同じ優しい言葉なのに、少しだけ怒っているような感じがする。
「いいえ、カカロットさんに怒っているのではありませんよ。ですが、一つだけ約束して下さいますか?これからは噂になど振り回されず、自分の信じたものを信じ続けると」
見ようによっては怖い笑みを浮かべながら、カカロットの頭を撫でる。
フリーザはカカロットの行動が心から嬉しかった。
だが、その反面、カカロットにくだらない噂を聞かせた者達に対して怒りを覚えていたのだ。
「解った!オラもうあいつらの言うことなんて気にしねぇ!そんで父ちゃん達みてぇに強くなってフリーザに力貸せるようになる!」
ほほえましい一連の会話を周囲の大人達は冷や汗を浮かべながら聞いていた。
カカロットが礼儀に疎いのは父親の影響もあるだろうが、先程からフリーザを呼び捨てにしているのである。
フリーザが気にしていないので大丈夫なのだろうが、万が一にも機嫌を損ねたらと思うと気が気ではなかった。
「解って下さいましたか。それではその石は私のお抱え細工師に預けて加工させましょう。このサイズならば私の分だけでなく、カカロットさんやブロリーさん達の分まで作れますよ」
ねぇ、とブロリーに同意を求めてくる。
「ありがとうございます。カカロット、僕も貰っていいかな?」
ブロリーは幼い頃、ザーボンとドドリアに教えられていた。
フリーザのカカロットに対する言葉を否定してはならないと。
各銀河を征服しようとしている《冷酷な悪魔の一族》に生まれたフリーザはカカロットに出会うまで冷酷で残虐なだけの支配者だった。
当初はサイヤ人の戦力を損なわずに手に入れるために結んだ不可侵条約であったが、カカロットに触れる度にフリーザの考え方は軟化し、それに伴って何故か東の銀河統一への速度は上がっていった。
フリーザが純粋な心というものに触れたのはカカロットが初めてだったのだ。
自分を偽らず、自分を騙さず、自分の意思を貫く強い心。
それに触れた事により《優しさ》を覚えたのだが、お気に入りとなったカカロットに関しては甘すぎる所もあり、カカロットに関する事象に対しては以前並みの冷酷な面を見せる事も多くなったのだった。
「じゃあ、もっとあれば父ちゃん達の分も作れっかな!」
「これ一つで十分ですよ。出来上がりましたら直ぐにお持ちしますからね」
カカロットに笑顔が戻り、ブロリーもほっと胸を撫で下ろした。
だがそれも束の間。
続けられたフリーザの言葉により周囲の空気が一瞬にして凍てついた。
「いいですか、カカロットさん。体ならば私も皆さんより小さいでしょう?ですが私はザーボンさんやドドリアさんより遥かに強い力を持っています。体の大きさと強さは別物。貴方が本気を出せば此処の誰よりも強いサイヤ人である事を私は勿論、ザーボンさんもドドリアさんも、それに特戦隊の皆さんも知っていますよ」
聞き捨てならない言葉だった。
戦闘力が既に自分達を超えているベジータ王子やブロリーならば解るが、カカロットの戦闘力は5,000程度。
下級戦士であり、シッポすら生えてこないカカロットがエリート戦士の中でも実力を認められ王の近衛となっている自分達より強いと言う。
「おや、その顔ですと皆さん知らなかった様ですね。カカロットさんは既にギニューさん達と対等に戦えますよ。ブロリーさんが戦闘訓練に参加している間、暇そうにしているという事でしたのでお相手をして上げるようにお願いしておいたのですがね。飲み込みが早いと大変褒めていましたから」
ブロリーが参加している戦闘訓練はエリート戦士でも戦闘力が20,000を超えている者しか参加することが出来ない。
それに参加出来ないカカロットが戦闘力100,000以上と言われているギニュー特戦隊と対等に戦えるわけが無いのだ。
「先程、ベジータさんの攻撃を受けている時も力を抑えてましたね?」
「…ザーボンの兄ちゃんもドドリアのおっちゃんも…ギニュー達も皆と稽古する時以外は本気を出しちゃ駄目だって言った…」
「カカロットさんの力では相手の命を奪ってしまう可能性がありますからね。彼等もそういった事態が起こらないようにと、本気を出しては駄目だと言ったのですよ。ですが、自分の命が危ない時や周りの人を守る時にはその力を多少使った所で問題ないのですよ」
カカロットの能力が普通のサイヤ人のそれと違う事にフリーザは気付いていた。
そして誰はばかる事無く、その能力を伸ばす為に自分の側近であるザーボンとドドリア、そしてギニュー特戦隊をカカロットの元へ通わせていたのである。命を下した当初は面倒だなんだと言っていた特戦隊であったが、数度の訪問で誰が行くかを揉めながら決めるほどの入れ込みようを見せるようになり、フリーザも満足していた。
「馬鹿な!カカロットが反撃できなかったのではなく反撃しなかっただけだとフリーザ様は言われるのですか!」
ベジータ王子は怒りを露にしていた。
「現にカカロットさんは貴方の攻撃を一撃たりとも受けていない事がお解かりになりませんか?」
カカロットとベジータ王子が争えば、たとえブロリーが間に入ったとしてもカカロットが無傷ですむ筈が無い。
それだけの戦闘力の差があるのだ。
「フリーザ様、その事は
」
「くぉのバカロットォー!!」
ブロリーの言葉を遮った声の主が誰だかを確認する暇も無く、カカロットの頭には拳骨が落とされていた。
「親父さんがいねぇ時に限って問題起こしてんじゃねぇ!親父さんが戻った時に誰が鉄拳制裁受けると思ってんだ!オレだぞ!オレ!人の身にもなって行動しやがれ!」
「タ…ターレス……周り見ろ、周り…」
猛スピードで飛んできたターレスに何とか追いついたラディッツが肩で息をしながら周囲の確認を促す。
バーダックの鉄拳制裁を幼い頃より(主に自分が原因で)身に味わっていたターレスにはカカロット以外はまったく目に入っていなかった。
ぐるりと見回すとベジータ王にパラガス、エリート戦士が数名、ブロリーにベジータ王子。
そして自分の隣を見た時、予想だにしない人物の姿を目にし声が上ずってしまう。
「フ…フリーザ様!?」
「相変わらずですね、ターレスさん。ラディッツさんもご苦労が絶えない様で」
社交辞令ではなく、事実ターレスの苦労は絶える事がなかった。
礼儀を知らず、力で物を言わせ、好奇心に逆らわない為何にでも手を出す父・バーダック。
それに影響を受け、口よりも先に手が出る幼馴染で兄弟同然の同居人・ターレス。
自由奔放、好奇心旺盛、後先考えずに動く弟・カカロット。
カカロットに関してはブロリーが面倒を引き受けてくれる事が多いが、他の2人の皺寄せは全てラディッツに集まっていた。
「…ラディッツ、ターレス。それにブロリー。お前達はカカロットの実力を知っていたのか?」
「は?」
「突然何なんですか、パラガスさん」
フリーザがいる現状ですら把握が出来ていないのに、唐突に話を振られても何の事だがまったく解らない。
「カカロットさんの力が此処にいる方々よりも上だと申し上げたのですが、何方にも信じて頂けないようでしてね」
「そんな事かよ。ありゃ、管理局のヤツが悪いんだぜ?」
「親父が何度申請に行っても門前払いだったんだよな。計測も無しで。オレやターレスが行っても駄目でさ」
「で、終いにゃ『もう止めだ!』っつって親父さんも申請に行く事も止めちまったんだよな」
サイヤ人は戦闘力によりチーム編成が行われている。
その為、戦闘力が上昇した場合は逐一報告に行く決まりになっていた。
「まぁ、ありゃ親父さんが昔虚偽申請したツケが回ってきたんだろうけどな」
成長不良のカカロットの戦闘力が上がったと報告しても却下された理由の一端は確実にバーダックであった。
現王が即位した後、戦闘力による遠征先の選別が行われるようになったのだが、幾ら狂戦士とはいえ、チーム単位での行動が必要とされた。
その為、チーム全体の戦闘力が低ければ赴ける遠征先も制限されてしまう為、チームメンバーの戦闘力を勝手に登録しなおすという荒業を使い、自分の行きたい遠征先を選んでいたのだ。
迷惑をこうむったのはチームメイトである。
中には全てをバーダックに任せて楽をするものもいたが、大半は重傷を負い、死に掛けた者もいた。最も…その後、戦闘力が上がり、恨み言が礼に代わりもしたが。
「ま、信じられねぇかも知んねぇが、今のカカは親父さんと喧嘩しても引けを取らないぜ。この間は親父さんも怪我したしな」
「…あれはお前とブロリーも割って入ったから目安にならないと思うぞ…」
現在のバーダックの戦闘力は150,000。
ブロリーとターレスが居たとは言え、カカロットと3人で手傷を負わせる事は不可能に近い。
「なんにせよ、計測もしねぇで登録を断った管理局の怠慢が原因って事だ」
「待て。今計測してもカカロットの戦闘力は5,000。管理局の怠慢とは言えないであろう」
その場にいる誰のスカウターの数字も変わらず5,000である。
「父さん、カカロットは戦闘力の変動が出来るから、今の数字が正しい数字じゃないんだ」
赤ん坊の頃に見せた現象。
その後、目にする事が無かった為、すっかりと忘れていた。
「僕も正確な数値は知りませんけど…多分今のカカロットは僕より上です」
ブロリーは現在、バーダックに次ぐ戦闘力の持ち主であった。
まだ年齢が達していない為に実戦に出ることが出来ずにいるが、後数年もすればバーダックをも抜けるのではないかとエリート戦士達に期待されている。
とは言え、ブロリー自身はサイヤ人のトップに立つ事など考えている訳も無く、カカロットの傍に居る為だけに大人でも音を上げる訓練に参加しているだけなのだが。
「カカロットさん、折角ですから皆さんに実力を見せて差し上げては如何ですか?」
見せられるものなら見せてみろ、とエリート戦士達は挑発的な視線をカカロットに送る。
ベジータ王子もまた、カカロットを睨み付けていた。
「ほ…本当に良いのか!?なぁ!オラ、本当に本気になって良いんだよな!」
心の底から嬉しそうな瞳でエリート戦士達を見渡すが、エリート戦士達の怒りは臨界へと達していた。
今この場にいるのは王の近衛。平均戦闘力は40,000を超える。
そんな彼等を前に怯えるでもなく、本気を出せると喜んでいるのだ。
「では、始めましょうか。カカロットさん、準備は宜しいですね」
コクン、と頷くとカカロットは一気に気合を入れ始めた。
同時にエリート戦士達の顔色が変わる。
スカウターの数値は凄まじい勢いで上昇し、あっという間に自分達の戦闘力を超えてしまったのだ。
それでもまだ戦闘力の上昇は止まらない。
「ば…馬鹿な!その歳で戦闘力105,000だと!」
ベジータ王もパラガスも、己のスカウターが示す数値が信じられなかった。
ブロリーの80,000でさえ、10歳の子供としては異例の数値である。
カカロットの戦闘力はそれさえ超え、10年前の狂戦士以上の数字を示しているのだ。
「それじゃ、行っくぞー!」
無邪気な声で戦闘態勢をとる。
圧倒的な力を見せ付けられたエリート戦士達は動く事が出来ずにいた。
「!カカロット!」
カカロットの一撃が1人の戦士に振り下ろされる瞬間、ブロリーが間に割って入った。
ブロリーの体に小さなカカロットの拳が減り込む。
「だ…駄目だ…カカロット……これじゃ相手が…」
死んでしまう。
自分より強い者としかやりあった事の無いカカロットは手加減を知らなかった。
カカロットの半分以下しか戦闘力を持たないエリート戦士が受けていたならば、確実にその命を奪っていた事だろう。
「フリーザ様、彼等も貴重な戦力です。この場で己の愚かさも学びました。今後はより良い戦士となる筈です」
痛みを堪えながらもフリーザに訴えるブロリーの横には彼を心配するカカロットの姿があった。
「カカロットさん、ブロリーさんを殴られた時、どのような感じでしたか?」
「…ヤな感じだった…」
「今のカカロットさんは力を極端に抑えるか、全力を出すかしか出来ません。ですがもし、相手の力に合わせる術を学んでいればブロリーさんが間に入る事もなかったでしょう」
同族殺しには厳罰が与えられる事を、フリーザは承知していた。
そして、カカロットが知らずに罪を犯さぬよう、ブロリーが間に入るであろう事も。
「相手によっては力を抑える事も必要なのです。先日、ギニューさんに相談を受けていたのですが、丁度良いタイミングでした。これはカカロットさん自身の身を守る為にも必要な技術です。今後は面倒がらずにギニューさん達の言う事を聞けますね?」
目元に涙を浮かべながら頷くカカロットの姿に、フリーザは満足げな笑みを浮かべた。